著者:荻野 正之介
今やコンビニやスーパーで当たり前となった「セルフ自動釣銭機」。しかし、約20年前の日本には、客が自分で現金を投入するスタイルなど存在しませんでした。これは、そんな「当たり前」がまだ影も形もなかった頃、一人の男のひらめきから始まった、無謀で熱い開発記です。
① 現場の悲鳴と「田中守」のひらめき
当時の店舗調査で判明した衝撃の事実。
従業員の労働時間の30%が、カウンターでの「現金授受」に消えていたのです。
レジ作業を楽にしたい、現金誤差をゼロにしたい
そんな切実な想いで企画会議をしていた時、一人の男が口を開きました。田中守氏です。
田中守君さー、駅の券売機もジュースの自販機も、客が金を入れてお釣りが出るんだから、それで良くない? この前スーパーで自動釣銭機を見たよ
この一言が、運命の歯車を回しました。
② 目の前に立ちはだかった「3000万円の壁」
「それだ!」と確信した我々は、わずか一週間後には釣銭機メーカーの門を叩いていました。
しかし、そこで待っていたのは冷ややかな現実でした。
「前例がありません」
「客が直接お金を入れる設計じゃない」
「故障しても保証は一切できない」
「検討するなら、要件定義書で3000万円いただきます」
事実上の門前払いです。
意気消沈して乗り込んだ帰りの電車。
静まり返る車内で、田中氏はポツリと呟きました。
田中守3000万あったら、自分らで作れるんじゃね?
この「根拠のない確信」から、プロジェクトが動き出したのです。
③ 怒涛の3ヶ月、そして伝説へ
そこからは、まさに「生みの苦しみ」の連続でした。開発チームに課せられたハードルは山積みです。
- 割引券はどう処理する?
- レジごと盗まれたら?
- 釣銭補充は?
- 電子マネーやクレジット決済との共存は?
他の業務をすべて投げ打ち、没頭すること3ヶ月。
寝食を忘れて課題を一つずつ潰していった結果、
ついに「日本初(おそらく)」のセルフ自動釣銭機が店舗に導入されたのです。
エピローグ:常識を疑う力が未来を創る
メーカーが「無理だ」と言ったものを、自分たちの手で作り上げてしまった。この成功体験は、単なるコスト削減以上の価値をチームにもたらしました。
今、あなたがコンビニで何気なく小銭を投入しているその機械。そのルーツを辿れば、20年前に電車の中で放たれた「自分らで作れるんじゃね?」という、ある男の不敵な一言に行き着くのかもしれません。


