著者:荻野 正之介
みなさんは「リカバリーソフト」というものをご存知だろうか。
ネットカフェなどで、利用客が使ったパソコンを再起動するだけで、データを完全に初期状態へとクリアするシステムのことだ。お客様のプライバシーを守り、店舗の安全を維持するためには、絶対に欠かすことのできない「守護神」のようなソフトウェアである。
今から20年前。私はこの守護神を召喚するために、文字通り「地獄の業火」に焼かれることになるとは、夢にも思っていなかった。
開幕のゴングは「手作業で150台」
舞台は、オープンを2週間後に控えた「自遊空間 高田馬場店」。
店内はまだ仮設電源しか通っておらず、ほぼ真っ暗。そこに届いた、大量の段ボール。中身はすべて、ピカピカの新品パソコンである。
作業はシンプルだ。段ボールからPCを取り出し、客席に設置し、リカバリーソフトをインストールしてネットに繋ぐ。ただそれだけ。
ただし、数が150台あることを除けば。
朝8時、始業のチャイムとともに、プロジェクトリーダーのAさんが爽やかに言い放った。
Aさんこれからインストール作業です!
あなたは奥から!私は手前から!
私は耳を疑った。
えっ! 今から? 150台を?
……1台ずつですか?
Aさんはい! 頑張りましょう!
協力業者のみなさんも応援に呼んでますから!
マジかあ……。2日間で150台、本当に終わるのか?
全員の顔に不安がよぎったその瞬間、追い打ちをかけるように「真の悲報」が舞い込んできた。
ビル管理会社「緊急の電気点検のため、非常電源以外は終日停電いたします」
「「「ええーーーっ!?」」」
漆黒のサウナ、響き渡る絶叫
延長コードを駆使して、なんとかパソコンへの給電だけは確保した。しかし、エアコンとインターネットは完全に死亡。
折しも季節は夏。午後を迎える頃には、店内の環境はリゾート地のそれを超えた。
室温35℃、湿度100%。
おめでとうございます。ラグジュアリーなネットカフェになるはずだった空間は、完全なる「漆黒のサウナ」へと変貌を遂げた。一歩歩くだけで汗が噴き出し、視界がにじむ。
「Aさんーーー! どこですかあああ!?」
「ここ、もう終わってますかーーー!?」
真っ暗闇のサウナ室(元・店内)から、生存確認とも作業確認ともつかない男たちの叫び声が響き渡る。這いつくばり、汗を滴らせながら、1台、また1台とソフトを入れ続ける。
「熱中症対策」という言葉がまだ世の中に深く浸透していなかった時代だ。ただひたすらに、気力と根性だけで、私たちは2日間の灼熱地獄を駆け抜けた。
溶けかけた雪だるまたちの、過去一の一杯
すべての作業を終え、文字通り抜け殻のようになった私たちは、近所の居酒屋へと雪崩れ込んだ。
席につくなり、Aさんと業者さんは満面の笑み(と、疲れ果てた顔)で言った。
Aさんいやぁ、真夏の雪だるまですよ!
マジで溶けて消えるかと思いました。
一生の思い出ですね!
私は、恐る恐る彼らに尋ねてみた。
……次も、来てくれますか?
来月も別の店舗のオープンがあるんですけど……
すると業者さんは、ニカッと笑ってビールジョッキを掲げた。
「はい、もちろんです! その代わり、
次は『灼熱手当』も請求していいですか?(笑)」
実は私、普段はほとんどお酒を飲まない。
しかし、あの地獄のリカバリー作業の直後に喉へ流し込んだビールの味だけは、20年経った今でも「人生最高の一杯」として鮮明に記憶に残っている。
ネットカフェでパソコンが何不自由なくサクサク動き、再起動すれば綺麗に元通りになる。今では当たり前になったその「安心・安全」の裏側には、実は泥臭く、熱い(物理的にも)人間たちのドラマが隠されているのだ。
もしどこかの店舗でリカバリー中の画面を見かけたら、どうか思い出してほしい。
かつて、それをサウナの中で1台ずつ手作業で仕込んだ、溶けかけた雪だるまたちの姿を。
次回
第7回 最終回?(オープン5分前に最高潮に思わず激怒。実走!デバック!今お客様いらっしゃっても困るよ!オープン当日直前に叫ぶシステム担当者たち)
2030年には日本全体で600万人以上の労働力が不足すると予測される中、サービス業における省人化・無人化への移行は、もはや選択肢ではなく「生存戦略」と言えます。「無人化ソリューション」は、受付、入場、精算といった対面業務を高度にセルフ化し、オペレーションの劇的な効率化を実現します。
労働力不足という構造的課題をテクノロジーで解決し、持続可能な店舗経営を実現するための具体的なシステムを貴社のビジネスにも導入してみてはいかがでしょうか。


